ふるさと塾印  
ankouのふるさとNEWS_14

’14年 5月〜


     5月 5日掲載   ライバル地区からの訪問
  子どもの日の「象曳きまつり」を見学に、鎮西町串地区の役員さん達がおみえになりました。
  串地区は、ユウスゲの花をテーマに村おこしをされており、唐津市の集落活性化事業のモデル地区として、佐里とライバルかんけいにあります。
  役員さん達は、村ぐるみの佐里のイベントに感心されながら、7月1日からの「ユウスゲまつり」に佐里からも大勢来てほしいとしっかり宣伝しておられました。
     5月 1日掲載   花と緑のコンテスト
  市の広報を見て、隣の博美君が「写真を撮って」と頼みに来ました。
都市計画課が募集している、花と緑がいっぱいの庭や玄関、地域の花壇や街角などのコンテスト「花と緑がいっぱい賞」に応募したいと言うのです。
  確かに、博美君宅の生け垣のモッコウバラが見事に咲きそろい、隣家の加唐さんちのツツジも満開の時期を迎えています。

  これなら入賞の値打ちがあるかもしれないと、脚立を持ち出して、日陰を照らすように反射板も使って撮ってみました。
ふだん当たり前のように何気なく見過ごしている田舎の光景も、その気になって眺めてみれば満更でもないようです。
  あらためて、ふるさとの美を再認識した次第でした。    応募予定の写真はこちら

    10月16日掲載   コスモスの満開
  今年も、区民総出で植え付けたコスモスが満開の時季となりました。
早稲米の刈り取りは一段落しましたが、両側に残された水田には、一昨年前から本格的に栽培されている“暑さに強い米”として知られる県産米「さがびより」が刈り取りを待っています。
  遠くにコンバインの姿が見えるので、今日から作業が始まったのでしょう。
先日は、この時季に合わせて22日に開催される「コスモス夕焼けコンサート」の打合せが行われました。この催しを思い立った@nkouは、区長を辞めても「総合司会」に指名されました。
  今年は新しく「オカリナ」の演奏もあるそうです。    去年のコンサートの模様
    6月10日掲載   『もし、ドラ』ショック!
  一昨日の朝、早く目覚めすぎて漠然とテレビを見ていたら、『もし、ドラ』の由来が語られていた。そのことを日誌に、漫画の「もし、ドラ」と書いてしまった。
  早速、書店に走ったら、それは「小説」だった。…だって、表紙の挿絵は漫画風だったもんで…
読後感  @ 前述の早トチリではなく、社会事象の実態をわきまえること
A 組織としての「顧客」…何のために働いているか…を把握すること【顧客におもねるのでなく、顧客のニーズを知ること】
B 何もかも自分がやるのでなく、メンバー(顧客)の特性や関心に応じた役割を分担してもらうこと…等々、この歳になって身につまされることばかりを知らされた名著であった。これは、カミさんにも読ませないと…
    4月28日掲載   九州ろうきんの助成を受けることになりました
  「九州ろうきん」が募集していた団体育成助成事業に応募していたところ、53応募団体のうち、我が「一人一芸の里」づくりが選ばれたものです。
  4月12日、選ばれた11団体によるNPOフォーラムがかいさいされるというので、古賀会長と活動報告に参加しました。
  金融機関によるこのような企画は極めて奇特なことですが、貰う方はほとんどポランティアでやっているので、18万円の助成金は大助かりです。
  奨励しているサークル活動も20団体を越えそうな勢いで、今年からは、廃校の小学校にインターネット回線をひいて「インターネット講座」を開設しました。これからはどんどん@nkou流れの手書きのHomePageを普及させていきたいと考えています。
  人気の「佐里新聞」も増刷して、都会に住む佐里出身者に送付して、田舎と都市の交流を増やしたいものです。貴方も、ご感想をお寄せください!
    7月28日掲載   日本水大賞 受賞
  時々お手伝いしている町切水車の「自然と暮らしを考える研究会」が「日本水大賞」を受賞しました。
  7月1日の授賞式には@nkouもお供しました。会場のオリンピック記念センターでは秋篠宮両殿下ご臨席のもと、奨励賞を戴きました。式後の祝賀パーティでは、審査委員長のあの毛利衛さんとお話できました。
  取り囲む参加者の中、「原子力発電のコマーシャル撮影のため、唐津には何度も来ているよ」とにこやかにお話くださいました。
    6月 2日掲載   ヘリコプター避難作戦
  5月30日、佐賀県総合防災訓練が伊万里市や唐津市一帯で実施されました。
  我が村は、洪水で孤立した集落という想定で、住民28人の参加が求められヘリコプターでの避難訓練を要請されたのです。
  「ヘリコプターの経験は珍しかろう」と考えて、定員オーバーの場合は抽選でも…と覚悟して参加者を募集しましたが、説明会には一人もみえませんでした。やむなく役員で手分けして適任者?を口説いて回りましたが、「初めて…」とか「怖い!」とか言う人ばかりで、人選には大変苦労しました。
  当日は、おっかなびっくりで自衛隊のトラックで唐津まで運ばれて、相知まで15分間の空中散歩でした。話もできない程の騒音でしたが、松浦川を遡りふるさとの村を上空から間近に眺めました。
  あれほど怖がっていたみんなも、無事降り立った時は、何か物足りない表情で初めての搭乗体験を大きな声で語り合っていました。
    2月19日掲載   完成間近のアザメノ瀬橋
  2008年 6月に報じた「いかだ橋」が崩落して以来、村の総力を挙げてこの復旧のために奔走してきました。
  昨年から村の区長を引き継いだ@nkouは、長老とともに国土交通省の河川事務所や市役所に何度も足を運び、市道としての重要性を力説して、最近の橋梁基準に合わないというお役所をなんとか説得して、ここまできました。
  これまでの工事経過は、表紙写真にも取り上げてきましたが、コンクリート橋の型枠も取れて、いよいよ橋の全容が見えるようになりました。
  まもなく2回目の祝賀実行委員会を開きますが、開通式を 3月28日に予定して、鋭意その祝賀行事を検討しています。
  「渡り初め」には、子どもやお年寄りの参加を求めたい。新しい橋に沿って、家庭に眠っている鯉のぼりを泳がせたい…などなど、準備することは山ほどあります。
  目下、前の橋の歴史を語る架橋記念碑が苔むしていて、その文字の判読に苦労していますが、これも嬉しい悩みではあります。        新旧の「いかだ橋」
    10月29日掲載   おかげさまで20万アクセス
  2009年10月24日13時18分、我が「ふるさと塾」は開設以来12年にして、20万アクセスを迎えました。
  ゲットして頂いたのは、相知パソコンサークル仲間のあきさん!。  カウンターイベントの応募要項のとおりスクリーンプリントを試みたということですが、調整がうまくいかず念のためのデジカメが役に立ったそうです。
  好き安で飽き安の@nkouにしては、よく続いたものです。ここ10年ほどは、毎朝、「今日は何の日」と「今日の@nkou」を連載してきており、時間が無いときや泊まりがけの旅行の日などはとても気になるものでした。
  しかし、それがあってこその20万だと思いますので、みう暫く頭と指先が動くうちは頑張り通すことにしましょう!
  それにしてもInternetの普及はおそいですねぇ!  新聞やテレビでも、「詳しくはHomePageで…」という時代になりましたが、まだまだ田舎では遠い存在のようです。お互いにPRに努めましょう!    ゲットの証拠写真
    9月10日掲載   村人総出でコスモス植え
  農林省の農村環境を守る会が始まって三年目、今年も前田の大溝沿いにコスモスの苗を植え付けました。
  この朝は 06:00に村中の人が移植ごてやスコップを手に集まってきます。組毎の世帯数によって分配した区域に総延長 600mに亘って、にこやかな歓声が広がります。
  昨年、佐賀県代表として九州大会に実績発表をしたこともあって、この秋には熊本の山鹿市から視察の申込みもあっております。そのことを皆さんに伝えて激励に回りましたが、皆さんにはジュース1本しか出ませんが、更に念を入れて作業をして貰いました。
  先日の役員会では、満開のコスモスを前に「夕焼けコンサート」でも開催したらという声もありましたので、写真展だけでなく、懐かしい童謡などをみんなが楽しめるイベントを思い立ってみたいと考えています。   一昨年の記録写真は、県の事例集の表紙にも採用されました。      2007 表紙写真集
    5月 9日掲載   我が家の『くね切り』
  この地方では、道路や水路、水田などに差し被った庭木を伐採することを『くね切り』と言い、共同で手伝って環境の再生を図る作業があります。我が家の裏藪は屋敷内で、人様に迷惑を掛けることはありませんが、@nkouの記憶にないところをみると、凡そ100年は伸び放題であったことてじょう。
  このほど、ひょんなことから思い立ってご近所の加勢でサッパリすることができました。お蔭で風や光の通りが良くなって、裏の佐里バイパスからも大屋根が見えるようになりました。唐津からですと、佐里温泉の手前 1Km、浄方寺と RICのお店の前です。一度お寄りください。  (^0^)
    2月 4日掲載   生  き  る
  「今日の@nkou」日誌にも書きましたが、『昨日、甲子園にも行ったという30才のヒーローの葬儀を終えて、夜は衛星放送の黒澤作品「生きる」を観ました』
  この春入学する長男が肖像画を抱えて泣きながら送ったスポーツ青年の死と、定年を前に胃ガンを背負ったしょぼくれた地方公務員が、初めて生まれ返った壮絶な挑戦…どちらも一つの人生なのに、一日で体験させてもらって考えました。
  このHomePageを思い立った11年前に、最初に掲載したのが29才の時にガリ版刷りで残した雑文集『生きる』でした。その頃は黒澤作品を知らず生意気な文体ですが、独身最後の思いを正直に綴ろうと頑張ったつもりでした。
  その文集を出して間もなく38年を迎えます。力みかえっていた青年当時の思いを変えたつもりはありませんが、世俗にまみれた反省もあります。
  今、読み返してみると、私の人生はその範疇にとどまっているようです。
    12月17日掲載   最近の佐里の村
  今年の夏から公民館主事としての@nkouが仕掛けた『一人一芸の里』サークル活動の推進で、最近の佐里の村は活気づいています。
  なにしろ、思いつく限りの文化とスポーツの 50を超えるサークルを提唱したものですから、「きばることばかりが取り柄」の村人は唖然としたものです。しかし良くしたもので、一人ひとりの顔を思い浮かべながらその人の特技や嗜好を当てはめてゆくと、40ほどのサークルに世話人をお願いすることができました。
  今では11のサークルが、廃校後の校舎を利用した公民館で何らかの集まりを楽しんでいます。実際の活動人員は 200人ぐらいでしょうが、これを今の倍、村人 600余人の加入率 60% 400人にするのが@nkouの夢なのです。
  サークルの活動は、これを機会に創刊した【佐里新聞】に写真付きで紹介されますから、これも村の大きな話題です。全世帯に配られる新聞に顔写真が載るのも一つのステータスにしたいものです。
  この冬には、「カラオケ」と「生花」のサークルを立ち上げたいし、元始祭向けのbRの新聞の編集にも大忙しの師走です。
    8月16日掲載   「森伊蔵」の誘惑には勝てず…
  公民館主事2年目の「盆踊り大会」もなんとか終わりました。
  もう一つの「区民運動会」とが、村の一大イベントなのです。160世帯のみんなが集まるこの準備に、パソコンが無かった時代に、どうしてきたのでしょう。
  暫く村を空けてきた御恩返しにと頑張っていますが、翌朝、お寺様に仏具を返してきてからは「グターっ」と腑抜けの状態で寝っ転がっているところに、先輩が『森伊蔵が手に入ったゾ』と誘いにきました。
  めったに味わえない「幻の焼酎」に不義理をする訳にもいかず、重い腰を上げて出向きました。
  さすがに、「ン万円」もするというので、氷を入れるのを惜しんで原酒を一口含むと、ふぁーっとジューシィな香りが口いっぱいに広がって、あとはツーンと25°の強烈な刺激がきました。勿体ないので、一杯だけで我慢しましたが、あとはいつものとおりの酒宴でした。
  今年の夏は雨が少なく、松浦川を浚えてポンプへの導水も試みましたが、やっとこの頃雨模様で、心にまで沁みるような潤いを感じている、残暑の季節です。
    6月20日掲載   いかだ橋が崩落
  古老の話によると、昭和の初め頃に地元の山から切り出した石材で築造され、それ以来、村のシンボルとして大切にされてきた「いかだ橋」が6月19日の大雨で崩壊・流失しました。
  佐里から平山へ抜ける旧町道として松浦川に架かっており、大雨が降ると沈む橋ですが、昔は川遊びのメッカとして、@nkouもここで先輩に川の中に引き込まれながら泳ぎを覚えました。ホタルを見たり、エビを釣ったりうなぎ篭をつけたり、青年時代は、盆踊りのあとの涼みにたむろしたりした懐かしい場所で、その思い出も消え去りそうなショックを受けています。
  なにしろ昨日の雨は、源となる黒髪山地方では時間雨量50o、累計雨量150oを超える集中豪雨だったようで、かなり痛んでいた橋脚も耐えきれなかったようです。
  今日は早速、関係先に災害確認のお願いに回りましたが、早急に再建してもらわなければ、いまはやりの「アザメの瀬」にも渡れなくなりましたので、これからが大変です!    
  「危ないから近づかないで!」という区長さんの有線放送が、かえって村の衆の確認を呼んでいるなど、皮肉ながら「今更に、村の心の寄りどころ」が偲ばれている現実です。

 

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